【第6回】社会脳からみる自分らしさ——「自分らしさ迷子」から抜け出すヒント東海愛知新聞 第24181号(2026年5月24日掲載)

爽やかな五月の朝——なのに、なぜか体が重い。
連休明けの月曜日、頭では「さあ、仕事だ」と思っていても、体が言うことを聞かない。

そんな経験はありませんか。
五月病という言葉があります。毎年、新任の管理職や新入社員がこの壁にぶつかります。しかしこの「重さ」は、個人の意志や性格の問題ではありません。脳の働き方に、深い理由があります。

「自分らしさ迷子」とは何か
今、職場に「自分らしさ迷子」が増えています。
人は家庭、職場、地域など、複数の社会に属しています。それぞれの場面で「本当の自分」と「求められる自分」のギャップに戸惑い、どこにいても「自分らしさ」が分からなくなってしまう——私はこれを「自分らしさ迷子」と表現しています。
日本の企業の中には「人材」を「人財」と表記する会社があります。しかし、「人財」であっても会社の所有物には変わりません。会社は社員との関係をもっともっと大切に考えることができる気がします。甘やかして良いと言ってるわけじゃありません。

社会脳が機能しないとき、何が起きるか
世界的な調査・コンサルティング会社、米ギャラップ社の調査によると、日本の「熱意ある社員」の割合はわずか約5%とイタリアと並んで世界最低水準という状況です。勤勉な日本人というイメージとギャップを感じる時代になっています。
さらに、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対応も深刻です。カスハラが増えるのは、社会がすさんでいることも要因ですが、社員の対応のまずさも見逃せません。
2025年6月に改正労働施策総合推進法が成立し、2026年10月1日よりカスハラ対策が事業主の「雇用管理上の措置義務」として法律で義務付けられることになりました。

① 方針の明確化と周知・啓発
「カスハラを許容しない」という会社の姿勢を明文化し、就業規則やマニュアルに盛り込むとともに、社員への研修・啓発活動を実施します。
② 相談体制の整備
社員がカスハラ被害を安心して相談できる窓口を設置します。外部の相談機関の活用も有効です。
③ 事後の迅速かつ適切な対応
被害が発生した際の調査・対応フローを事前に整備しておきます。被害社員へのフォロー体制も重要です。
④ 不利益取扱いの禁止
カスハラ被害を相談した社員や調査に協力した社員を、解雇・降格・不当な人事評価など不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています。

マニュアル化、相談窓口の義務化、研修の実施——様々な対策が講じられています。しかしそれでも、ハラスメントの根本原因である「コミュニケーション不全」はなかなか解消されません。
なぜでしょうか。
脳科学の観点から見ると、答えは明確です。「社会脳」が機能していないからです。
社会脳とは、仲間とつながり、相手を理解し、共に生きようとする脳の働きです。この機能が低下すると、人は「闘争・逃走モード(動物脳)」に入ります。防御本能が働き、相手を信頼できなくなります。その結果、コミュニケーションではなくパワーで解決しようとする——これがハラスメントの脳のメカニズムです。

「社会脳を機能させる」とはどういうことか
社会脳が機能するとき、人は変わります。
相手の立場を想像できるようになります。自分の強みと役割が見えてきます。「私はここにいていいんだ」という感覚——心理的安全性が生まれます。そして、やる気は外から与えられるものではなく、内側から自然と湧いてくるものになります。
カスハラ対策にも、社員のやる気向上にも、様々なアプローチがあります。法整備、制度設計、管理職研修——どれも重要です。
私が脳科学の観点から一貫してお伝えしたいのは、「社会脳を育てる職場づくり」が、すべての根本にあるということです。

他者理解の深さが、自分らしさの深さになる
「自分らしさ」は、自分だけを見ていても見えてきません。
相手を理解しようとする中で、はじめて「自分の役割」が見えてきます。役割が見えると、やるべきことが分かります。やるべきことが分かると、人は自分らしく動き出せます。
社会脳を機能させることは、自分らしさを取り戻す最短距離です。