2026年7月24日(木)東海愛知新聞 第24232号 掲載
7月23日、隣町の豊田市で40.8度を記録しました。観測史上、過去最高気温です。全国各地で熱中症による死者が出ています。「生きていける条件」が、脅かされている夏です。
人が生きるために必要なものは何か。空気・水・栄養・睡眠・コミュニケーション——この5つを前回(第5回)でお伝えしました。
しかし今、第5の要素「コミュニケーション」が圧倒的に失われています。SNSとスマホの普及、そしてAIへの依存。温度のある人との対話が壊れるとき、社会に何が起きるか。トクリュウ犯罪、親が子どもの命を奪う、介護職員による利用者への加害——これらは無縁の出来事ではありません。
今回の第6回では、6つ目の要素をお伝えします。それは「希望」です。ただし、漫然とした希望ではありません。
ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』が示す「希望の質」、そして脳科学が明らかにする「誰かのために生きること」の力——。
生きていくための5つの要素、そして6つ目の要素。あなたは確保できていますか?
ぜひ本文でお確かめください。

あなたは誰のために生きていますか
「エリー、あなたは苦悩する人間を愛する人間に変えてくれました」
—ヴィクトール (『夜と霧の明け渡る日に』新教出版社より)
私の手元に『夜と霧の明け渡る日に』があります。『夜と霧』でナチス強制収容所体験をつづった精神科医ヴィクトール・フランクルの本です。極寒と過酷な強制労働、そして飢えと暴力。いつ死んでも不思議ではない極限状態の描写には、戦慄が走ります。1944年、冬。多くの人が「クリスマスには家に帰れる」と希望を抱き、その言葉だけを心の支えにして耐え忍んでいました。しかし、クリスマスが過ぎても現実は変わらず、その直後の1週間、収容所内の死者は急増しました。新たな伝染病はありませんでした。「希望」を失ったことが大きく影響したと考えられます。
この極限状態でフランクル自身が生き残れた大きな支えは、服の裏地に縫い込んだが奪われた原稿(後に「ロゴセラピー」と呼ばれる)を書き直し世に出すこと、そして最愛の妻への思いでした。しかし、その妻はすでにこの世にいませんでした。戦後、すべてを失った彼はエリーと出会います。冒頭の献辞から、深い感謝と熱い想いを感じます。
前回、人が生きるために欠かせないものとして「空気、水、栄養、睡眠、コミュニケーション」の5つを挙げました。もうお分かりだと思いますが、6つ目は「希望」です。しかし、もう少し深掘りが必要です。「希望」には「根拠」が必要です。ただ漠然と「いつか叶う、いつか良くなる」と願うだけの希望(願望)は、それが裏切られた瞬間に消え去ります。人が生きる上で最も必要な希望(夢や志)は、「何のために、誰のために生きるのか」という自問自答を繰り返す中で生まれてくるものなのです。
人は独りでは生きられません。脳の仕組みを研究した結果、「誰かのために」という明確な目的を持ったとき、社会脳(前頭前野)が活性化し、恐怖や不安、怒りといった負の感情を抑制し、穏やかで健全な状態を保つことが判明しました。道徳心や倫理感の正しさを科学で裏付けできる時代になったのです。
警察庁のまとめによると、2025年に届け出があった認知症やその疑いによる行方不明者は全国で17,000人を超え、依然として高水準が続いています。その多くは「帰る場所がある」「待っている人がいる」と思い、歩き続けるそうです。「私は誰、ここはどこ」という脳機能が正常に機能しなくなってもなお、人間は人との繋がりに根源的な安心感を求めるのでしょう。
これは子育ての本質にも直結しています。家庭が「安心して帰れる場所」だと感じられないと、人間関係やストレスに立ち向かえず、不登校や引きこもりの要因になるといわれています。家庭の土台を支えているのは、毎日を大切にイキイキと生きる親や大人の姿であり、温かな愛情が溢れる夫婦関係に他なりません。
6月28日、可能性教育グループの社会貢献企画オンライン講演において、東京大学大学院の酒井邦嘉教授(言語脳科学)は、多くの人がパートナーとの関係をAIに相談することに強い警鐘を鳴らされていました。AIは人間関係の悩みを相談する道具ではなく、相談することで関係性そのものが損なわれるという指摘です。
「自分らしく生きられる社会を創る」という理念のもと、会社を設立して3年。この間、AIが急速に普及した時期と完全に重なります。自分で悩み、考え、人に打ち明けて相談する習慣をやめ、AIに相談し始めると、依存に傾きやすくなります。他者とのリアルな対話の中でこそ社会脳が活性化し、真の希望に繋がります。人と人が繋がり直すことを今こそ訴えなければなりません。
「何のために、誰のために生きるのか」—私自身、この問いと向き合い続けてきました。再婚した妻・惠美は、病と闘いながら私を支えてくれています。私もまた、妻に必要とされたいと心から願っています。双方の想いが、私のエネルギーであり原動力です。
AIは便利な道具です。しかし、生きる意味や希望は、人との対話の中で育まれるものです。もし今、悩みをAIに相談している人がいたら、一度立ち止まり『夜と霧』を読んでみて、何を感じるか確かめてみてください。
「何のために、誰のために」。その問いを自分で考え続ける可能性教育が、元気な家庭、元気な組織、そして元気な社会への確かな道筋だと信じています。
社会脳を軸に組織を支援するブレインアナリストプロ 鈴木光伸